夕食の舞台は『方林円庭』と名付けられたフロア。
まず原研哉作のオブジェ『蹲(つくばい)・方寸』に迎えられた。一滴一滴したたる水滴に時間を忘れて見入る。現代的な素材がダイナミックに空間を切り取る様子の中に、太古からの無限の広がりを感じるような気がした。
そしてダイニングスペース『方林』に一歩踏み入れて、言葉を失った。無数の柱がシックな木の空間を貫いている様子は、優雅なダイニングでありながらまるで祈りの場のようだった。
竹林に人を訪ねるような心持ちで食卓への道をたどると、果たして賢人は現れた。この日の朝に訪ねた塗師・赤木明登氏との再会、そして晩餐の始まりである。
夕食の一部は赤木氏の器で供された。
椀ものでは、手や口に軽やかに吸い付くような心地よさを味わい、摘草八寸では、従来の漆器のイメージとは違うモダンでエッジイな印象を楽しんだ。作家と語り合いながら、その作品を楽しむという贅沢極まりないひとときであった。
宴の賑わいを後に自室へ戻る。無何有の部屋にはすべて露天風呂がついている。オーセンティックな檜木風呂だ。
部屋の戸棚には酔い覚めに染みる氷水と、夜食の海苔巻が慎ましく置かれていた。繊細で素朴な心遣いが嬉しい。
この宿は、単に知的でラグジュラリーであるばかりではないようだ。心と体を芯から弛緩させてくれるような、日本の温泉ならではの“粋な心地”も十分に味わわせてくれる。
「夢もおぼろな山代温泉」とは泉鏡花の一節だそうだ。
淡い湯気を立てる湯に静かに身を沈め、木々のざわめきに耳をそばだてた。
※※※
3日目は旅の最終日。『山代温泉べにや無何有』での朝は、清々しい山の香りに包まれる朝湯と、地の食材を生かした清涼な味わいの朝食を楽しむ。体内の空気を一新してくれるような爽やかさにゆったりと時間を過ごし、遅めの出立をした。一路金沢へ向かう。
金沢の街でのドライブをしばし楽しみ、昼食は日本料理『銭屋』へ。落ち着いた風情の店構えは、正調の日本料理店の格を感じさせる。
季節の花が慎ましやかに飾られた座敷で食卓を囲む。
近海で穫れる豊かな海の幸と、近郊の新鮮な野菜。ふんだんな季節の食材を、上品な味わいに仕上げるのが金沢の料理である。そのエッセンスが凝縮したような優美な松花堂弁当は、目で味わうのもまた楽しい。
お店の風格からクラシカルで謹厳な味わいを想像していたが、その想像は良い形で裏切られる。食材の味が第一に立ち上がる繊細な味付けに古めかしさはなく、あくまで爽やかで伸びやかな美味しさが印象的だった。
銭屋は、現在の店主で2代目という比較的新しい店である。その若い料亭が、老舗立ち並ぶ金沢において超一流の評価と多くのファンを獲得しているのだから、やはりただものではない。新鮮なセンスと確かな技術を感じた昼食となった。
女将さんは旅の一同のご飯をよそいながら、料理やそれにまつわる種々の事柄を語ってくれた。
銭屋の女性達は、女将を筆頭として皆とても気さくで、心配りが細やか。そしてどこかキュートな印象があった。この印象は旅を通じてお会いした沢山の当地の女性達にも共通しており、例えば和服を颯爽と着こなしたシーンにすら、肩の力が抜けた自然な明快さが感じられた。文化が生活の中に当たり前に息づくお国柄故だろうか。
銭屋を出れば、小雨が降っていた。お店の番傘をさしてクルマに戻る。
終始にこやかでいらした参加者のご夫婦。銭屋は大人のデートの風景にぴったりである。
旅の終わりに訪れたのは、辻家庭園。
加賀八家のひとつ横山家の別荘兼迎賓館の一部をいまに残し、金沢市指定文化財となっている。現在は結婚式や催し物の会場としても人気で、散策や喫茶に訪れる人も多い。
先ほどまでの小雨も上がり、庭園は水々しく輝いていた。
贅を尽くした迎賓館の建物は茶寮となっており、市街地を見渡しながらのお茶にくつろぐ。悠々と流れる犀川のほとりに瓦屋根の波が美しい。金沢はやはり文化や伝統をあるがままに息づかせる美しい街だ。
ゆったりとした心持ちで今回の旅に思いを巡らせれば、やはりそれは“体験”の旅であった。
自ら走り、人に出会い、物に触れ、そして風土と季節を食べた。
ただ観光する鑑賞するにとどまらない、たしかな手触りのある旅の感動。五感すべてで楽しんだ数々のアクティビティは、外的な刺激や驚きであると同時に、湧きあがるような内的体験でもあったように感じる。
『LEXUS AMAZING EXPERIENCE』が発信する、新しい知的な“大人の遊び”達に今後も期待したい。
(くぼきひろこ)
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