日本には砂漠と名の付く場所が1カ所しかないことをご存知だろうか。
鳥取砂丘が真っ先に思い浮かぶが、地学的には「砂丘」。
国土地理院が国内で唯一「砂漠」と認めるのは、東京都の伊豆大島にある裏砂漠なのだ。
しかも、砂漠と聞いて想像される黄金色の砂でできた地とはまったく異っていた。
辺り一面、真っ黒である。
裏砂漠への道は「月と砂漠ライン」から始まる。月の砂漠の音楽がふと頭をよぎる。ワクワクする名前だ。
「裏砂漠に来なければ大島に来たとは認めない」と伊豆大島の人々がいうほどの場所。期待に胸が膨らむ。
砂漠とは程遠い美しい緑に囲まれた道を歩くこと数分。
段々と黒い砂の割合が増えてきたと思いながら歩いていると突然、目の前が開け、砂漠地帯が現れた。
真っ黒な砂が広がり、所どころ、背の低い植物が生えている。
眼下には海が広がっており、なかなかの絶景であるが、想像していた砂漠とは異なる荒涼とした景色である。
ここ裏砂漠は噴火時の噴出物、火山ガスの影響を受けて植物が育たない。それでも以前よりはだいぶ緑が増えてきたというから、自然の力の強さを感じる。
すべての道を覆っているのは、火山灰と黒い軽石(スコリア)。
度重なる三原山の噴火によって蓄積した火山灰とスコリアが大地を覆い、この道を作り上げている。道は砂というよりも、完全な砂利道。
歩くたびにジャリジャリとする音が、どことなく心地よい。
見渡す限り真っ黒な石に囲まれた裏砂漠は、伊豆大島の卓越風向(南西~西)の風下にあたり、とにかく風が強い。
吹き飛ばされそうなほどの強風を受け、数十分歩いただけなのに体感温度が一気に下がる。
どこまでも続く黒い道は傾斜もあり、結構きつい。
寒さで引き返す人も多い中、その先の景色を見たいという好奇心でただただ前に進む。
人気のなくなった裏砂漠は、ジャリッジャリッという砂の音と風の音のみとなった。
「無」を感じる瞬間だ。
裏砂漠を表現する言葉のなかに、「まるで月面にいるみたいだ」というのがある。辿り着くまではなんと大げさな表現だろうと思っていたが、実際に足を踏み入れた裏砂漠はその通りの場所であった。
一面に広がる黒色の砂漠と果てなくどこまでも続く地平線。空と黒い砂のコントラストは神秘的だが、ひどく孤独な印象も持つ。吹き荒れる冷たい風に吹かれ歩いていると、一瞬、自分の居場所が分からなくなる。
日本唯一の砂漠を見に行こう、と軽い気持ちで出掛けた裏砂漠。そこは異世界で想像を遥かに超える場所だった。
人間の手が入っていない、自然だけの場所。
月面に似たその景色は、実は本来の地球を感じることのできる稀有な場所かもしれない。
踏み入れた人にしか分からない孤高の裏砂漠に、ぜひ足を運んでほしい。今まで体験したことのない風景と感情を得て、もしかしたら価値観が変わるほどの何かを感じ取るかもしれない。
(ゆめたび)