12月15日に台湾・台中市政堂で上映され、現地でも大きな反響を呼んだNHKスペシャル「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」。その同番組が書籍化し、トークイベントを開催した。
本書は、CIA文書、GHQ検閲記録などの発掘資料を基に、1945年8月から翌年8月にいたる“空白の1年”を再構築したNHKスペシャル「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」(2017年8月20日放送)を出版化したもの。
トークイベントでは、戦後東京の都市空間を研究する早稲田大学・佐藤洋一氏を聞き手に迎え、番組の裏話から、東京の過去・現在・未来まで語り尽くした一夜となった。
焼野原となった占領都市TOKYOにいったい何が起きていたのか。これまで断片的にしか語られてこなかった戦後東京、そして戦後日本の原点を見渡す新しい地図が浮かびあがってくる。
■大反響! NHKスペシャル「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」はいかにして誕生したか
佐藤:書籍の元となったNHKスペシャル「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」。その番組制作のいきさつを改めて伺えればと思います。
貴志:「戦後ゼロ年」の前に、NHKスペシャル「新・映像の世紀」(2015年10月~2016年3月放送)という全6回のシリーズのうち、2本のディレクターを務めました。その際、リサーチ段階からかなりの量のフィルムを収集しましたし、新たに機密資料の公開もあり、だいぶ下地ができていたのです。
そのときは、冷戦時代の世界をテーマに1本制作したのですが(第4回「冷戦・世界は秘密と嘘に覆われた」)、集めた資料の中に日本のものも相当数ありました。
日本が戦争に負けて、その後、冷戦時代が始まるわけですけれども、収集した「海外の映像記録の中の日本」というものに改めて目を向けますと、これまでNHKなどで毎年のように放送している戦争に関する番組とか、敗戦直後の日本を取り上げた番組での描かれ方と、異なる点があるのではと思えたわけです。
「新・映像の世紀」は、ベトナム戦争・アフガン戦争・キューバ危機などが中心で、日本についての映像はほとんど紹介しなかったのですが、新しい映像を発掘する番組リサーチチームも非常に優れていましたし、ぜひ、日本をテーマに番組制作を行いたいと思ったのです。
■紋切り型の“戦後ストーリー”しかなかった
貴志:NHKの番組に限らず、「戦後ゼロ年」が取り上げられるときというのは、そのほとんどが高度成長の話の“前フリ”としてなんです。要するに、「我々は負けた、全部ゼロになった。けれども、それを乗り越えて立ち上がり復興した。そして、高度成長に邁進した。
結果、日本は世界有数の経済大国になった。めでたし、めでたし」というストーリー。その描かれ方も、必然的にステレオタイプになる。いつも同じなんです。「耐えがたきを耐え……」から始まって、それで、少しだけヤミ市の映像が出てきて……。で、すぐ、次にいくんですよ。「けれども、日本人は立ち上がりました」と。
「戦後ゼロ年」は“終わった時代”、もしくは“克服した時代”であって、そのときの苦労話を延々やる必要はないじゃないか、ということかもしれません。しかし、「新・映像の世紀」の制作途中で出会った“生の映像”を観たり、資料や文献を調べたりするうちに、ずいぶんイメージが変わってきたわけです。「戦後ゼロ年」について違った見方が可能なはずだ、という確信がありました。
■貴重な資料写真は、アメリカ以外の国から出てくる
佐藤:番組は、古いフィルムがふんだんに使われていますね。僕はいつも主にアメリカで調査をしていますが、これまでに見たことのない写真や映像がたくさんあり驚きました。たとえば、(番組の)冒頭に出てくる、日本軍の隠匿物資の一部とされる金塊が海から引き上げられる映像はフランスのものですね。
貴志:そうです、アメリカのものではない。
佐藤:そして、とりわけ印象に残っているのは、売春施設の映像。
貴志:あれは、オーストラリアの戦争博物館からです。
佐藤:当時の記録はすべてアメリカに残されているだけだと思っていたんですけども、実はそんなことはないということですね。別の国のアーカイブでも丹念に発掘作業を行い、番組で使っている。それがすごく印象に残りました。特にオーストラリアの映像は本当に貴重ですね。売春施設の中で、そこで働いている人も含めて撮られている。
連合軍の専用列車、貴賓室のような豪華な客車の中の映像もオーストラリアで見つけたものですね。アメリカでも探せばあるのかもしれないけれども、アメリカの公文書館に所蔵されているものは、基本は公式記録なので、売春施設など、見せたくないものは残っていないですよね。
貴志:占領軍というのは、連合軍であってアメリカだけではないという建前はありますが、実際はアメリカによる占領ですよね。米軍は占領をいかに上手にやったかということを世界に宣伝したい。ですから、その目的にそぐわないものは、隠すか、あるいは撮影させない。たとえばヤミ市とかは撮っちゃいけない。他にも、アメリカ人が銀座を大勢で闊歩しているのもダメ。焼け跡もダメ。売春施設ももちろんそうです。
それから、アメリカ人が贅沢な暮らしをしているところもダメ。その財源は日本が出したお金、「終戦処理費」ですから。日本人のお金で、アメリカ人がものすごく贅沢して、箱根や熱海の温泉に行っておいしいものを食べている。そういう映像が残ると都合が悪い。「民主主義を日本に植え付けようとしているはずなのに、おかしいじゃないか」ということになる。
佐藤:ダブルスタンダードというか。彼らにとって都合の悪いものを隠すということですよね。
貴志:でも、オーストラリアは、なんかゆるくて撮っていた、残っていたというね(笑)。
佐藤:番組で紹介していたオーストラリアの映像は個人が撮影したものですか?
貴志:そうです。アメリカ人はプライベートで撮っていたとしても、世には出さないということかもしれないですね。それでもアメリカは日本とは比べ物にならないくらい情報公開をしています。
本の中でも詳しく書いていますが、日本は戦争に負けたときに機密資料を全部燃やしています。市ヶ谷の陸軍省や霞が関の海軍省・外務省・内務省・大蔵省、三宅坂の陸軍参謀本部ビル。玉音放送の直後から各所で公文書の焼却が始まり、三日間ずっと煙が上がったというんですから。
■日本人はいまだ、敗戦という「表の歴史」を受容できていない?
「表の歴史」、いわゆる正史と「裏の歴史」があるとすると、この本は「裏の歴史」を扱っているともいえる。しかし、そもそも、日本は結局敗戦しているわけだから、「敗者の歴史」が正史としてあるはずだが、それは、あまり語られていない。
「教科書にはいろいろ書いてありますが、ほとんど神話や伝説のようなものに思えます。正史自体がありえないのかもしれない。神話で終わってしまって、今につながる受け止め方ができないから。日本は何かあっても、次の日にはすぐ忘れてしまう国なので」というのは、番組ディレクターであり、著者の貴志謙介氏。
「忘れ去られたことがある、知られていないことがある――そういう歴史の断片を拾い集めて伝えようと思っただけなんです。今、歴史観が変わりつつあると思うんです。資料も公開され始めましたし、映像も発掘されてきた。私が知っている研究者の方々も、新しい研究を次々と始めています。そうすると、正史の方もある意味でクリアになってきて、「裏の歴史」の持つ意味もわかってくるのではないか。表と裏がどうつながっているのか見えてくる――そう進んでくれればいいなと思うのですが」(貴志謙介氏)
平成が終わる今、歴史を振り返ってみてはいかがだろうか。
(Takako.S)
『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』(NHK出版)
著者:貴志謙介
定価:1,836円(本体1,700円)
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000817482018.html