ポール・オースターが別名義「ポール・ベンジャミン」で刊行した幻のデビュー作『スクイズ・プレー』

ポール・オースター幻のデビュー作にして、正統派ハードボイルド小説の逸品だ。

新潮社は、8月29日(月)にポール・ベンジャミン著『スクイズ・プレー』(田口俊樹訳)と、ポール・オースター著『写字室の旅/闇の中の男』(柴田元幸訳)を刊行した。

海外ミステリー・ファンにとっても意義深い作品を本邦初紹介

「ポール・ベンジャミン」という聞きなれない名前。これは実はポール・オースターがデビュー前に使っていたペンネームのひとつ。

ニューヨーク三部作で小説家として成功する前のオースターが、生活のためにさまざまな別名で雑文や記事を書いていたことは知られている。そこで小説を世に出せるということで喜び勇んで引き受けた仕事が、本作『スクイズ・プレー』の執筆であった。結果、アメリカ私立探偵作家クラブの賞であるシェイマス賞の最終候補作に入るほどの、本格的な私立探偵小説となった。

こうして『スクイズ・プレー』は、自身のミドルネームを使った名義で発表することになったわけだが、のちに自身が脚本を手掛けた傑作映画『スモーク』(1995年)では、物語の舞台となる煙草店の重要な常連客として、俳優ウィリアム・ハート扮するポール・ベンジャミンという作家を登場させている。

また、ニューヨーク三部作の第一作『ガラスの街』(1985年)では、ウィリアム・ウィルソン名義でミステリーを書いている主人公、作家クインのもとに、「ポール・オースター探偵事務所ですか?」という奇妙な電話がかかってくる。

しかも、ウィルソンの書くマックス・ワークを主人公とするミステリー・シリーズの第一作として、『スクイズ・プレー』という小説の題名まで作中では言及されている。

そんな細かな作家の遊び心も含めて、ポール・オースター・ファンにとっても海外ミステリー・ファンにとっても意義深い作品の、本邦初紹介ということになる。

『スクイズ・プレー』あらすじ

私立探偵マックス・クラインが受けた依頼は、元大リーガーの名三塁手ジョージ・チャップマンからのものだった。キャリアの絶頂時に交通事故で片脚を失い、その後はセレブリティとして各界で活躍し、いまや議員候補にまでなった彼に脅迫状が送られてきたのだ。殺意を匂わせる文面から、かつての事故にまで疑いを抱いたマックスは、いつしか底知れぬ人間関係の深淵へ足を踏み入れることになる――。

巻末には、池上冬樹氏による解説、ポール・オースター主要著作リストを収録。また、今回は同時に、オースターの中編『写字室の旅』『闇の中の男』を合本した文庫版も刊行される。

今年は、同氏がオースター名義の『孤独の発明』で再デビューしてから40年という節目の年。成熟の極みを示す文庫最新刊もあわせて楽しんでみたい。

スクイズ・プレー
著者:ポール・ベンジャミン
翻訳:田口俊樹
定価:880円(税込)紙書籍/電子書籍
特設ページ:https://www.shinchosha.co.jp/book/245119/

(suzuki)