東海道五十三次の宿場町で「大工集団の町おこし」全国初の商店街ホテル

大津百町は江戸時代、京都と北前船をつなぐ拠点として活気に溢れていた(画像提供(公社)びわこビジターズビューロー・大津市歴史博物館)

 

■地域工務店が会社をあげて行う地方創生ビッグプロジェクト。東海道の宿場町を大工の手で蘇らせる

その昔「大津百町」と言われ賑わった東海道五十三次の宿場町、大津。そのシャッター商店街に賑わいを取り戻す秘策として、町家を改装したホテル7棟が2018年4月29日一斉にプレオープンを迎えた。

半世紀ほど前までは、「結」(ユイ)や「講」(コウ)という日本の伝統文化を象徴する相互扶助組織がどこにも存在していた。

集落を代表して寺社仏閣に参拝し、その道中で学んだことを仲間に伝えることも目的だった。伊勢に詣でたように大津に来てほしい、古き良き日本の空気感を体感してほしい。ホテル名「講」にはそんな想いが込められている。

このプロジェクトでは、大工が商店街の空き家7棟をホテルに改修する。

7棟のうち 5棟は一棟を丸ごと貸し切るスタイルで、誰にも邪魔されることなく町家ステイを堪能できる。他の2棟にはひとり旅にも適した客室も用意する。

全国で町家を宿泊施設に転用した事例は多数あるが、このプロジェクトが他と大きく異なる点はふたつ。

ひとつは商店街で営業する飲食店や銭湯などを丸ごとホテルとして見立て、大津の街全体をコンテンツ化した想定という点。もうひとつは、行政でなく民間の中小企業がリスク投資を決意して始めた点だ。2018年2月に滋賀県立大学で行われた近畿財務局主催の地方創生セミナーでは、谷口氏が講師として登壇。民間企業が行う町おこしに注目が高まった。

代表の谷口弘和氏。昔は大手ハウスメーカーの大工だった

■「よそ者に貸す家はない」。突きつけられた壁と、改めて知った大津の魅力。

人口12,000人の滋賀県竜王町で、木造注文住宅の設計施工を行う工務店を経営する谷口弘和氏。平成13年に大工2人で開業し、現在社員数は80名を超える。社員の半数は大工で、その数は県内トップを誇る。建築業界では大工は外注が常識とされるなか、毎年全国の大学から新卒採用して大工を育成。住宅会社にも関わらず、現場監督や営業マンを置かず、高学歴大工が在籍する異色の工務店。年間の新築着工数は43棟、古民家再生や庭事業も請け負う。

谷口氏がこのプロジェクトを思い立ったのは3年前。支店計画がきっかけだった。
「京都大阪からの問い合わせが増えたため大津で場所を探していたのですが、街にはいまひとつ活気がありませんでした。シャッター街の商店街も多く、昼間も人通りがまばらで正直驚きました」。

かつての賑わいは失われ、昼間でも人通りがまばらな大津中心の商店街

当初、閉店している店舗が何軒もあったため、貸し手はすぐに見つかると思ったという。「十数軒まわりましたが、どこも ”お宅に貸す物はないよ” という対応でした。なかなか厳しいなと。支店はあきらめようと思ったこともありました」。

それでも何度も足を運ぶうちに、大津には歴史ある建築物が多く残り、江戸後期の京町屋の特徴が残る建物や登録有形文化財の家が多数残っていることを知った。商店街に通い続けるうちに、住人とも世間話をするようになった。後継者問題でやむなく閉店になった店主の話や、昔の大津百町の賑わいを懐かしむ声を聞き、谷口氏は大津百町に深く興味を抱く。やがて商店街から協力を申し出る住民が現れ、閉店する和菓子屋の店舗を貸してもらえることになり、2016年6月に大津支店「大津百町スタジオ」をオープンさせた。

 

大津支店の工事前。和菓子店の前は京に入る前に旅人が身なりを整える木賃宿(きちんやど)だった。

 

2016年にオープンした築100年の民家を改修した支店「大津百町スタジオ」

                       

■人気旅館「里山十帖」仕掛け人 岩佐十良氏との出会い。棟梁として大津の魅力を全国へ

希望の地で支店をオープンさせた谷口氏。しかしある思いが残っていた。
“大津は魅力が多い町なのに、京都と比べてなぜ観光客が少ないのか。何かできることはないのか” そんな中、雑誌「自遊人」編集長であり、予約のとれない新潟県の人気旅館「里山十帖」を手がけた岩佐十良氏と出会う。

「谷口工務店は木の家にこだわり、社員大工を多く抱えているのが特徴。大工技術を高めて継承し、社会貢献もしたいと話されていた。それなら町家を改修して滋賀県の大工の技術を向上させ、街を活性化してはと提案しました」と岩佐氏。その後、谷口氏の想いに賛同し、設計は木造建築の第一人者である建築家の竹原義二氏(無有建築工房)、庭は造園家の荻野寿也氏(荻野寿也景観設計)が名乗りをあげた。

当初プロジェクトの資金は自社で全額投資を予定していたが、計画の話を聞いて大津市の勧めにより経済産業省の補助金を申請。大津市中心市街地活性化協議会・商店街連盟と連携する形で進める運びとなった。プロジェクトの趣旨や思いを説明して回ることで、地元の協力者も増えてきた。こうして一気にプロジェクトが加速した。

■職人不足の中、大工が全国から応援「熱い職人魂」

工事は2017年7月から着工。改修する7棟は築100年を超える建物などかなり古い。外を剥がしてみると構造体が腐っていたり、一部がまったく使えないなど予想外の事態が多発した。そのため設計図面が大幅に変更になり、工事の遅れが生じた。古民家再生は手間がかかり、新築の3倍は大工の人員が必要になると言われる。

このままではオープンに間に合わない事態も予測されたため、谷口氏は数奇屋建築で名の知れた工務店に相談したところ、大工を派遣してもらえた。その後も富山県、愛知県から大工が続々と応援に駆け付け、工事は一気に遅れを取り戻すことができた。

応援にかけつけた大工と工事内容の打合せを行う

■100年の歴史を超える建物の形跡が工事では露わに

アーケードに合わせて洋風だった外観も、すべての内装を取り払い断熱材を入れて再生した。床の間や欄間(らんま)など使えるものは最大限利用する。江戸時代から大正、昭和と増築を重ねた豪快な丸太組みや、『石室』が床下から出てくるなど、100年の歴史を超える建物の形跡が工事では露わになった。「新築の工事では決して経験できない技術。昔の大工の技を間近で感じることができたし、若い大工の良い教育にもなった」と話すのは、谷口工務店に勤める大工の松原慎治さん。

解体すると古い構造が露わになる。昔の大工の技術を見る貴重な機会にもなる。

解体すると古い構造が露わになる。昔の大工の技術を見る貴重な機会にもなる

工事前の現場で床下から見つかった「石室」。古くは古墳などに用いられた技法

 

■一棟目に完成したのは、書斎つきの町家ホテル「鈴屋」

1棟貸しタイプの2階建て(ツインベッド、定員5名)。玄関を入ってすぐにミニキッチン、ダイニング、ベッドルーム、2階には商店街を見下ろすリビングルームがついている。家具はフィン・ユール、照明はルイス・ポールセンなど北欧インテリアが中心。町家とはいえ現代の暮らしに合ったラグジュアリーな空間になっている。

 

「鈴屋」のほか、「萬屋」「菱屋」「鍵屋」「糀屋」「茶屋」「近江屋」の全7棟。間取りはもちろん家具や照明も全て異なる。

2棟目「萬屋(よろずや)」(写真一番右)広さは約83平米。商店街の中にあり、ひと昔前まで傘屋だった。

7棟はいずれも2階建てで延べ床面積65~258平方メートル。JR大津駅と京阪浜大津駅の間の旧東海道沿いや、アーケード商店街内に点在する。利用客は待合ロビーとなる「大津百町スタジオ」でチェックインし、街中や商店街を散策しながらホテルへ向かう。近くの観光地や飲食店を楽しんだり、地元食材を買って料理をしたりと地域に溶け込むような旅ができる。少し足をのばせば、国宝の三井寺や比叡山、石山寺などの神社仏閣をはじめ、琵琶湖の景観も楽しむことができる。

プレオープン4月29日から素泊まりのみで営業開始、グランドオープンは6月30日を予定している。

現在、全国的に職人の減少と高齢化が進んでいる。総務省の国勢調査によれば1995年に76万1千人いた大工人口は2010年には39万7千人に減少。東京オリンピックが開催される2020年には21万1千人まで落ち込むと推定される。「大工の地位向上が開業当時からの目標でした。棟梁が街を元気にすることで信頼を頂き、事業も繁栄させていきたい。建築業の良い事例となり全国の大工職人に夢と希望を与えたい」と谷口氏。

現代の棟梁がつくりあげた現代の宿場町復活に期待したい。

<HOTEL 講 大津百町>

・滋賀県大津市中央1-2-6ほか

・客室数:13室(一棟丸ごと貸切タイプ:5棟 そのほか:8室)